なぜ留学しようと思ったのか(後編)

Road to ...

私が留学に挑戦するに至った経緯の後編です。

なぜ30歳も半ばで留学しようと思ったのか?と聞かれることも多くあります。

前編で書いた通り、これはひとえに私が今までキャリアをまともに考えずに、海外MBA留学という憧れに執着した結果、必要以上に時間を要してしまったことに他なりません。

後編では、2回目の社費留学選考に不合格になったあと、どのような思考のプロセスを経て、テクノロジー領域の修士を取ろうと思ったのかについて書きたいと思います。

取り留めなく書きますが、これから留学を志す方にとって、なぜ留学するのかを今一度考える際の参考になれば幸いです。

2回目不合格になったあと

2回目の社費留学選考後に私は自分のキャリアを見つめ直すことにしました。その際、MBA留学はフラットに考えてみることに。

なぜならばその時点で入社から10年経過しており、人事部でも5年目に突入していたので、私の会社の異動サイクルで考えると、そろそろ人事部から異動する時期に差し掛かっていたからです。

中途半端なキャリア

その時点での私のキャリアをざっくりいうと「銀行の法人営業6年、人事部の人材育成業務5年」。。

相当に中途半端なキャリアであることに初めて気づきました。

たまたま本社で同期入社の友人と会って話を聞くと、その多くが自分の専門領域が薄っすら見え始めているのに対して、私は人事のスペシャリストになるわけでもなく、自分の専門領域がまったく見いだせていませんでした。

経験・スキルの棚卸し

自分に何ができるのか。この自問自答を繰り返しました。

銀行の法人営業に従事していたため、AccountingやFinanceの最低限の知識は持ち合わせており、クライアントとの関係構築力、交渉力などのソフトスキルも鍛えられました。

さらに人事部の人材育成のチームでの5年間では、リーダーシップ、マネジメント、コーポレートカルチャー、新規事業創出、ダイバーシティ&インクルージョン、グローバル化に関連する数多くの業務に携わらせてもらい、経営戦略を実行するうえで必要な組織風土、人材上のあるべき姿や自社の課題について考え、解決策を検討し実行することを経験することができました。

「人事部員たるもの会社の代表という自覚を持ち、自身の業務に留まらず、経営を知り戦略全体を把握しながら、社内外のあらゆるステークホルダーと対等に議論すべし」と当時の人事部長から言われていたため、必然的に経営目線で物事を考ようとする訓練をされていました。

上記からわかる通り、学問という観点においてMBAで学べることは実務経験の中で一定程度得ることができているかもと考えました。

“必要性”

世の中の動きを見たときに、テクノロジーの経営への活用が大きな経営課題として挙げられることが非常に多くなってきた時期で、私の会社も経営戦略の優先順位高く取り組もうとしているものの、苦戦を強いられていました。

また、中途採用で私の会社に入社したテクノロジー領域のスペシャリストが、伝統的な金融機関のカルチャーになかなか馴染めずに次々と退職してしまうなど、企業風土や人材確保という点において強い危機感を抱くことが多くなっていた時期でもありました。

私自身は、将来的には経営戦略、事業戦略を策定する部署での勤務を希望していましたが、テクノロジーやITの経験・知識がまったくなく、今後キャリアを形成していくうえで大きな壁になるだろうと思っていました。

逆に人事で企業風土や人材という切り口で会社の課題を見てきた立場の人間がテクノロジーやITの経験・知識を身に付けることは、戦略を考えることだけでなく、スペシャリストやエンジニアの意見やアイデアを経営へと橋渡しするために必要であり、そのような人材が少ない私の会社に貢献することができるのではないかと考えるようになりました。

このときすでに34歳。

次のステップに進む”手段”としての留学

私は既に社内で中堅社員に位置づけられるjob gradeだったため、今からテクノロジーやITを経験したいと言って社内で異動を希望しようにも、未経験の中堅社員をすんなり受け入れてくれるような部署も限られます。

仮に異動できたとしても、細分化された業務運営の中で部分から全体を掴むのには多くの時間を要するし、なにより会社の理屈の中で物事を発想してしまいがちになると思い、一度会社の外に出てから不足する知識・スキルを習得し、会社に対して新しい風をもたらしたいと思い、テクノロジーを学びに留学したいという気持ちが強くなりました。

さらには、日本の市場が縮小していくことが予想される中で、グローバルベースでビジネスを推進していく必要性が高まってくるなかで、海外経験も皆無だった私にとっては海外留学が私に欠けているものを短期間に補うもっとも効率的な手段だと思ったのです。

留学に憧れを抱いて迷路に迷い込んでから10年程度経ち、留学というものを”憧れ”や”目標”から”手段”として捉えることができ、ようやく自分の中で進む道がはっきり見えたような気持ちになりました。

ラストチャンスでついに

前に私の会社では社費留学制度の応募に制限があると申し上げましたが、私は回数的にも年齢的にもラストチャンスでした。

今までMBAでエントリーしていたのを路線変更して、MSでエントリーするのはかなり勇気がいりましたが、これでダメだったら私費で留学すればいいという気持ちで挑み、面接でも思いのたけをぶつけた結果、ついに社内選考を合格することができました。

合格の連絡をいただいたあと、重たい案件やマネジメント業務を抱えながら留学準備に入ることへの不安もありましたが、何より留学という自分の中で長い間呪縛のようにまとわりついてたものから解放されたような気持ちになったのを今でも覚えています。

大変なのはこれからなんですけどね。。

まとめ

留学とはそれ自体が目的ではなく手段なのです。

こんな当たり前のことに気付くのにかなりの年月がかかりました。

ただ、これを自分自身で腹落ちできるまで考え抜いたので、出願書類を作成する際のwhy master? why now?では書くことに困らなかったですし、実際にプログラムが始まったあとでも、留学後のありたい姿を描いたうえで留学中の目標設定をして行動することができていると思います。

また、社費留学を検討している人にとっては、会社にとっての”必要性”を考えることが大切だと思います。なぜ私に会社が海外留学という多大な投資をする必要性があるのか。

それは単に「私が留学したいんです」という一社員の希望ではなかなか難しいんだと思います。

以上、かなり長くなりましたが、私が留学しようと思った経緯についてお話させていただきました。

もちろんこんなに苦労しなくてもさらっと留学に行けてしまう人はたくさんいるので、私みたいに踊り場に立ってしまったような方にとって少しでも参考になれば幸いです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。